1.酵母の栄養感知と代謝制御機構の解明

酵母は、糖やアミノ酸、硫黄源などを単なる栄養として利用するだけでなく、それらの存在を感知し、代謝や増殖、ストレス応答を巧みに切り替えています。

このような栄養感知は、発酵中の酵母のふるまいを理解するうえで重要な生命現象です。当研究室では、出芽酵母をモデルとして、栄養源の情報がどのように細胞内へ伝わり、代謝制御へ結びつくのかを分子レベルで明らかにしようとしています。

特に注目しているのが、栄養輸送体でありながら受容体のようにも働く「トランスセプター」です。これまでに、アルギニン輸送体Can1がアルギニンの存在を感知し、プロリンの取込みや資化を抑制することを見いだしてきました。この発見は、アミノ酸が単なる栄養源ではなく、他の栄養利用を制御するシグナルとして働くことを示しています。また、硫酸トランスポーターSul1についても、硫酸の取り込みだけでなく、硫黄栄養状態を感知する因子として機能する可能性に着目しています。Sul1を起点とした硫黄源感知が、Met4を中心とする硫黄代謝制御や細胞応答にどのように関わるのかを解析することで、酵母の栄養感知機構の新しい側面を明らかにしたいと考えています。

2.アミノ酸・硫黄代謝を活かした発酵技術開発

基礎研究で得られた栄養感知や代謝制御の知見を、発酵食品の高品質化・高機能化へつなげることも重要な目標です。酵母のアミノ酸代謝や硫黄代謝は、発酵速度、香味成分の生成、ストレス耐性、機能性成分の蓄積に深く関わっています。そのため、これらの代謝を理解し、うまく活用することで、発酵食品に新しい価値を付与できると考えています。

当研究室では、プロリン、アルギニン、オルニチン、メチオニン、システインなどに着目し、有用な代謝特性をもつ酵母の探索と育種を進めています。例えば、ワインやビールの発酵原料に多く含まれるプロリンは、酵母に利用されにくいアミノ酸の一つです。プロリンを効率よく利用する酵母を見いだすことで、発酵中のアミノ酸利用を改善できる可能性があります。また、オルニチンなどの機能性アミノ酸を高蓄積する酵母や、硫黄代謝が活性化した酵母は、発酵食品の栄養価や機能性を高める素材として期待されます。自然変異株や非遺伝子組換え育種も活用しながら、食品産業で利用しやすい高機能酵母の開発を目指しています。

3.微生物の能力を拡張する新しい発酵システムの創出

従来の発酵研究では、優れた性質をもつ酵母を選抜し、その能力を高めることが中心でした。一方で、自然界の微生物は単独で生きているわけではなく、他の微生物と相互作用しながら、栄養や代謝産物をやり取りしています。このような微生物間の関係をうまく設計できれば、単一の微生物では実現しにくい新しい発酵機能を生み出せる可能性があります。

当研究室では、酵母細胞内に大腸菌を共生させるような、細胞内共生型の微生物システムにも取り組んでいます。酵母は発酵食品や物質生産に広く利用される真核微生物であり、大腸菌は遺伝学や代謝工学の知見が豊富な細菌です。両者の特徴を組み合わせることで、酵母だけでは難しい代謝反応や、細菌だけでは実現しにくい発酵特性を一つの細胞システムの中で実現できる可能性があります。さらに将来的には、シアノバクテリアなどの光合成微生物との共生も視野に入れています。

光合成によって二酸化炭素を固定する能力と、酵母の高い発酵・物質生産能力を組み合わせることで、糖に依存しない独立栄養型の酵母様システムや、二酸化炭素を出発点とする物質生産への展開が期待されます。また、栄養感知機構を利用した生細胞バイオセンサーや、酵母と細菌が役割分担する人工発酵コミュニティなども、新しい発酵技術として大きな可能性をもっています。基礎生物学、発酵科学、合成生物学をつなぎ、微生物の能力を拡張する新しい研究領域を開拓したいと考えています。